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daitube

Author:daitube
 「魚突き」ときどき「Bboy」でおなじみのYouTubeチャンネル「DAITUBE」です。

 使用している銛は「2mアルミ銛+土佐銛先」、ウエットは3mmを上だけ着たり着なかったりという軽装。ダンスのジャンルは「Breakin」で得意技はハイチェアです。

 鹿児島市内を拠点に、自転車で旅をしながら魚突きキャンプをしています。主に今年は離島旅にチカラを入れてます。

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運び屋と呪われた依頼品①

 たけやんの仕事について誰かに話をするのは、今回が初めてだ。

 きっと、たけやんの職業については多くの方が偏見を持つだろう。だが、それでも私は、彼の仕事について話をしたい。私をここまで育て上げてくれた彼の仕事について、だ。

 単刀直入に言おう。彼の仕事は、非社会的だ。快く思わない方は必ずいる。だから先に断っておく。どうか、たけやんを責めないでくれる方のみ、この話を聞くこととして欲しい。


 さて、前置きが長くなってしまっては申し訳がない。早速始めることとしよう。


 皆さんはコインロッカーというものを知っているだろうか? 駅やスポーツジム、そして銭湯などには今でもよくあるサービス。それは、お金を入れると鍵が閉められるロッカーだ。

 大きな声では言えないのだが、たけやんの仕事というのは、そのコインロッカーに関係している。

 コインロッカーは今では有料のものが多いが、使用後にお金が返ってくるタイプのものも少なくはない。だけれど、折角返ってきたそのお金を回収し忘れる、なんてことを皆さんは経験にお有りではなかろうか。


 これは彼から聞いた話に過ぎない。だから信憑性は確かではない。そのことだけは頭に入れておいてほしい。


 たけやんが私に話してくれた彼の職。それは、皆さんの取り忘れたそのコインをだ、それをポケットに仕舞うというものだ。ロッカーの前に立ち、右見て、左見て、誰もいないと確認してから返却口の百円を摘む。そうやって町じゅうのコインロッカーを巡る。その業一つで私を十五歳まで育て上げた、この道五十年の大ベテランなのである。



 ――と、いう話を私はずっと信じていた。



 しかし、十五歳の誕生日の日、私は彼の本当の仕事について聞かされることなった。





 たけやんは、夜遅くに帰ってきた。

 河川敷のプレハブ小屋の前に立ち、たけやんはそのシワだらけの顔をさらにくしゃくしゃにして笑っている。その様子から察するに、三日間に渡る遠征の稼ぎは上々のようだ。

「おかえり、たけやん!」私は言って、たけやんを出迎える。彼の黒いつなぎ姿は夜の闇に溶け込むようであり、少し発見が遅れてしまった。私が急いでプレハブ小屋の引き戸を引くと、彼は十二月の冷たい外気と共に中へと入ってきた。

「ゆきな、留守番ご苦労。何でも食いたいもんを言ってみろ!」言って、たけやんは歯並びの悪い歯を見せ、にかっと笑うのだった。

「うーうん、食べたいものはないよ。今日はもう、お芋を少しかじったから――」と私が言うと、

「馬鹿言うな! 育ち盛りの分際で遠慮など、五年と三日早い!」と、荒っぽい口調でこう返すのだった。

 たけやん曰く、遠慮とおとなのふりかけは二十歳になってから、なのだそうだ。それはつまり、あと五年と三日で私は二十歳になるということでもある。いや、正確に言うと、河川敷生活が二十年目になるということなのだが。



「じゃあ、お鍋が食べたい。あったかいお鍋が……」

「そうだ、それでいい!」たけやんは言い、また顔をくしゃっとさせて笑った。

 たけやんと私は、この河川敷でホームレスの「ような」生活をしている。「ような」と表現したのは、他の路上生活者とたけやんとでは少し違う点があったからだ。もちろん、それはたけやんの仕事のことだ。コインロッカーのコイン返却口を漁るという彼の職人としての腕は確かならしく、最低でも月に三十万は稼げるのだそうだ。だから私たちは比較的良い暮らしをしていた。プレハブ小屋こそが、彼のその力の象徴だ。


「ねぇ、たけやん。今回はどこまで行っていたの?」アウトドア用のバーナーコンロをテーブルの上に置き、私が問いかけた。たけやんは具材と鍋を準備しながら、それに答えた。

「ああ、ちょっと隣町までな……」

「え? じゃあ、河の向こうにまで行ったの?」

「ああ――」言いながらたけやんはこちらを見て「ゆきなは絶対に隣町に行ってはダメだぞ」と釘を刺すように言った。
たけやんはいつもそうだった。河の向こうの町は危険だから近づくな。私にはそう言うくせに自分は平気で渡っている。

「大丈夫だよ、行かないよ」と、私が言うと、たけやんは安心したようで、また顔をくしゃっとさせた。



 鍋の蓋を取ると、まっ白な湯気がぶわっと上がった。冬のプレハブ小屋では、この湯気がすでにごちそうだった。

「わあ、美味しそう!」

「さあ、思う存分食べるんだ」

 久しぶりの温かい料理。身も心も温もるこの暖かさは、一体どこからくるのだろう。ほとんど白菜だけの目の前の土鍋からか、いや、向かい合って食事をするたけやんの存在からだと思う。

「なあ、ゆきな――」不意にたけやんが箸を置き、言う。「三日後の誕生日には何が欲しい?」

「いいよ、そんな。欲しいものとか、ゆきなはそんな我儘なんて言わないよ」と私が言うと、たけやんは例に倣ってまた荒い口調でこう返すのだった。

「馬鹿言うな! 子供の分際で我儘をしないなど、五年と二日早いわ!」

 たけやんの二十歳カウントダウンが「五年と二日」になったことにはっとして、私は時計を見た。時刻は丁度零時になっていた。

 たけやんはこういうふうに、記念日とか期日や時間に対して馬鹿みたいに真面目だった。そして、何かと変なルールを作るのだ。変なこだわり、といってもいい。



「あと五年と二日経ったら我儘なんて絶対にさせるもんか。だから今のうちにしておけ!」

 たけやん曰く、人が我儘を言っていいのは十代までらしい。ちなみに、午後ティーを飲んでいいのは十二時から零時までの間らしい。

「そんなこと言われても――」と、私は悩まされる。欲しいものを思い浮かべられるほど、私は世の中にどんなものがあるのかさえ知らないのだ。

「何かあるだろう? ほれ、ほれ」と、たけやんは急かしてくる。

「じゃあ――」私は思いを巡らせてみた。今、欲しいもの、必要なもの。「あ、あったよ。欲しいもの!」

「おう! 何だ? 遠慮せず言え! 遠慮は二十歳からだが、ゆきなはやっと十五歳になるばかりなんだからな」

「うん!」私は遠慮せずに言った。「たけやんの仕事を、ゆきなにも教えて欲しい!」と。



 しかし、言った途端、たけやんの表情が曇った。



「ゆきなには無理だ……」と、たけやんは厳しい口調でそう言うのだった。

「そんなことないよ! コイン返却口のお金を拾うだけでしょ? ゆきなにだってできるよ!」

「いや、ゆきなは勉強して、もっと立派な仕事に就くべきだ」

「だったら、たけやんの仕事こそ立派だよ! だって、ゆきなをこんなにまで育ててくれたんだから! それに、いつまでも養ってもらってばかりじゃ、ゆきなだって申し訳ない」

「親が子を養うのは当たり前だ。そんなツマランことは考えるんじゃない」

「で、でも、たけやんはゆきなの本当の親じゃないじゃん!」私のこの言葉に、たけやんは一瞬、ひどく寂しそうな顔をした。しかし、それでも私は続けた。「ゆきなは、恩返しがしたいの。ゆきなを拾って、ここまで育ててくれたたけやんに!」

 たけやんが私を見つけてくれたのは、彼の仕事場である駅のコインロッカーだったそうだ。その日は今日みたいな凄く寒い日で、私は酷く泣いていたらしい。たけやんはコインロッカーから私を見つけると、仕事の手を止め、抱き上げてくれたのだと言う。その日が十二月十五日だったことから、私の誕生日は十二月十五日になった。

 たけやんは無言のまま立ち上がると、ポーチを担いでプレハブ小屋の出入り口に向かった。そして、「とにかく、ダメなものはダメだ」と小さな声で言い残し、夜の闇に消えてしまった。


つづく
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運び屋と呪われた依頼品②

 十二月十四日の晩、外では大雪が降っていた。

 私はプレハブ小屋の窓ガラスに顔を押し付け、たけやんを待っていた。記念日を大切にするたけやんのことだ。日付が変わるまでには、私の誕生日になるまでには、きっと帰ってきてくれるだろう。そう信じて待っていた。


 不意に睡魔に襲われ、私はだんだんうとうとし始めた。こくり、こくりと小舟を漕ぎ、意識が途切れ途切れになった頃だった。外で、物音がした。

 はっとして私が窓の外を見やる。外には黒い影。闇に溶け込むような黒い影、たけやんだった。

「おかえり、たけやん!」私は急いで戸を開け、たけやんを外よりは幾分かは暖かい小屋の中に招き入れた。すると――。

「えっ?」


 たけやんは前のめりになり、私に倒れかかってきた。


「どうしたの、たけやん?」必死で受け止め、私は問いかけた。しかし、たけやんは何も答えない。代わりに荒い息遣いが聞こえてきた。何やら、苦しそうだった。

 嫌な予感がした。私は力を振り絞って、自分よりはるかに大きな成人男性の身体をどうにかこうにか布団へと運んだ。何とか寝かせて、その姿を見る。その刹那、悪寒が走った。


「たけやん……その傷は……!」

 たけやんは重傷を負っていた。改めて自分の姿を見ると、さっきまでたけやんを支えていた肩や腕が赤黒い血の色に染まっていた。

「どうしたの、たけやん!? 一体、何があったの!?」私は必死に問いかけた。しかしたけやんは何も答えようとはしなかった。

 とにかく手当てをするのが先決だ。私は小屋中からタオルというタオルを集め、たけやんの血を拭った。お湯を沸かし、アルコールに包帯、思いつく限りのことをした。

「たけやん、死なないで!」知らぬ間に、私の目からは涙が流れていた。唯一の家族を失いたくない、その一心だった。怖かった。
いつしかたけやんの呼吸は落ち着き、寝息を立てはじめた。安堵しながらも私は彼の体を冷やさぬよう、毛布をかき集めて被せた。



 怪我の様子から、これはきっとタダゴトではない。一体、何があったのだろうか。得体の知れない恐怖が湧いて出てくる。だが、今は、床に伏せるたけやんを見守ることしかできなかった。


 不意に、たけやんの口が動いた。

「何?」私は耳を近付け、その声を何とか聞き取る。


 たけやんは言った。


「誕生日、おめでとう……」と。

 時計を見ると、時刻は確かに零時をさしていた。







 翌朝、目を覚まして、はっとした。

「た、たけやん!?」寝ずの看病を心に誓っていたはずの私は、知らぬ間に眠りに落ちていた。慌ててたけやんを確認する。


 たけやんは、もう目を覚ましていた。横になったままの格好だが、その表情は苦しそうではなく、しっかりとしていた。私はそれに安堵し、そっと胸を撫で下ろした。


「ねぇ、たけやん――」私は問いかけることにした。「昨日、何があったの?」と。

 たけやんは無表情のまま、ずっと黙りこくっていた。でも、私は答えを急かせるようなことはせず、じっと、たけやんが話す気になるのを待った。


「ゆきな――」

 不意に名前を呼ばれた。

「なに?」と、私は彼のすぐ傍まで寄った。


 たけやんは私の方を見ることなく、こう言った。


「ワシはお前に、ずっと嘘をついていた……」と。

「え?」私はどきりとした。たけやんは突然何を言い出すのか、と。

「ワシの仕事の子だが、コインロッカー巡りと言っていたのは、嘘だ。ワシの本当の仕事じゃない。本当の仕事は別だ」たけやんは言って、大きく溜めてからまた言った。「ワシはな、本当は運び屋なんだ……」

「運び屋?」

 たけやんは頷くと、じっと天井を見据えたまま、またぽつりぽつりと語り始めた。

「色んなものを運んだよ。依頼さえされればどこへだって。もちろん危ない依頼ばかりだよ。そりゃそうだ。誰だって年賀状を出したけりゃ郵便局に頼む。ワシに依頼するのは法律としてアウトなものだけだ」

「そんな……変な冗談はやめてよ……」

「すまん……突然で信じられないのも無理ないな。――だが、本当なんだ。ほら、考えてもみろ。疑わしい点は少なからず有ったはずだ」

「疑わしい……点?」私は言い、今までのことを思い返してみるが、思い当たる節はない。
首を傾げる私に、たけやんは仕方なさそうにまた口を開く。

「まず、月三十万という高収入。単純計算でも一日に一万を稼いでるとして、コインロッカー巡りで一日に百円玉を百個も拾えるか? いや、それ以前に一日に百円玉を取り忘れる人が百人もいるはずない。そうだろ?」

「で、でも……だからって、コインロッカー巡りじゃないにしても、運び屋だったらそんなに稼げるの?」

「映画の『トランスポーター』を見せたことあるよな? 思い出せ。主役のフランク・マーティン演じるジェイソン・ステイサムは良い車に乗っていただろ? あれは運び屋で高収入だからだ」

「た、確かに……」と、私はかつてたけやんと一緒に見た、アクション系のかの洋画を思い浮かべた。一瞬だけ納得しそうになったが、私はまだまだ食い下がる。「で、でも、あれに比べたら三十万はかえって少ない方じゃない! それだけじゃ証拠にならないよ!」

「じゃあ、次にワシの性格だ。ワシが今までにゆきなの誕生日を忘れたことがないのは、期日や時間に異常なほど厳しい運び屋としての職業病なんだ。それにほら、映画『トランスポーター』で主役のフランク・マーティン演じるジェイソン・ステイサムは、時間に厳しく、ルールに忠実だったろ。これに、ワシは重なるではないか。ほら、やっぱり運び屋だ」

「うぅ……で、でも――」

「そして最後にもう一つ。ワシの頭を見てみろ。……確か、映画『トランスポーター』で主役のフランク・マーティン演じるジェイソン・ステイサムは、禿げていただろ。それも額が徐々に後退したタイプの禿げだった。そしてワシの頭――ほらな、これにもワシは重なるではないか。だろ? ほら、やっぱり運び屋だ」

「ほ、本当だ。じゃあ、やっぱり……」

「ああ、そういうことだ。信じてくれるな?」



 私は観念し、こくりと頷いた。どうやらたけやんの言葉は真実であると、そのジェイソン・ステイサムばりの「オデコ後退型禿げ頭」を見せつけられては、認めざるを得なかった。以降、私はこの運び屋のする話を真摯に聞き取ることにした。


「取引場所として使っていたのがコインロッカーだった。依頼主は顔を知られるのを嫌がるからな。ワシは依頼書に同封されているキーを持って、物を預かる。それを運び終え、相手に確認されると、報酬が入る。そういうシステムだった」


 それにしても、今になって自分の仕事について話す彼の真意は何なのだろうか。分からない。でも、たけやんの怪我の原因は、恐らくこの仕事のせいなのだろう。



「依頼品を見ることはタブーとされていた。だが、中を確認しなくても中身に想像のつくケースは多かった。危ない粉、重い銃器、そしてバラバラの死体……。金のために何でもやったんだ、ワシは」


 正直、ショックではあった。そういったお金で私は養われていたのだから。でも、だからといって私は、たけやんを責める気になどならなかった。むしろ、そんな危ない橋を渡ってまで、私をずっと育ててくれたことに感謝すらした。


「ごめんね、たけやん……。ゆきな、たけやんのそんな苦労も知らずに、今まで――」私の目からは大粒の涙が流れ出した。――でも、そんなときだった。外で不穏な気配がしたのは。


「ねえ、たけやん。今、外で物音が――」


「ああ。もう、奴らがここを嗅ぎつけたようだ……」


「奴ら!?」

「ああ。ちょいと、仕事でヘマをやらかしたのがバレちまってな……」


「えっ、たけやん一体何したの?」と私は尋ねたが、たけやんは話している場合ではないとでもいうように、私の質問を無視して、代わりに指示をしてきた。

「いいか、この手紙を持って、隣町の駅にまでいくんだ!」たけやんは言って、封筒を一つ私に押し付けてきた。そして立ち上がり、プレハブ小屋の床板を一枚はがし始めた。
「何するの?」

「いいか、ここに地下通路がある。ここからお前は一人で逃げるんだ。そしてさっき言ったように隣町の駅に行け! そこで待っていれば、ワシの同業者が現れる。そいつに手紙を渡すんだ。そうすればそいつはお前を遠くに逃がしてくれるからな……」

「だったら、たけやんも一緒に――!」私は言った。が、たけやんは首を横に振った。

「奴らを足止めする役がいる」

「そんな……」と口にしたときだ。プレハブ小屋の戸を叩くものがあった。

「奴らが来た! さあ、早く!」

「い、いやだ! たけやんも一緒じゃないと――!」

「いいか、隣町に入ればその先、お前の身にどんなことが起きるかはワシにも分からない。暗闇には気をつけろ――!」



 私は必死に抵抗した。けれども、覚悟を決めたたけやんは強引に私を地下通路へと押し込んだ。続いて床板が被さり、視界からたけやんは消えた。直後、怒声と銃声がその向こうから聞こえてきた。たけやんが死んでしまう! しかし、私は思うばかりで何もできなかった。暗闇に一人うずくまり、震えるばかりだった……。

運び屋と呪われた依頼品③

 駅に現れたのは若い男だった。

 たけやんとは正反対で、その肌にはシワもなく綺麗で、顎も鼻も尖っていた。



 彼は私の手にある封筒を一瞥すると、近寄ってきてこう言った。

「君がタケさんの?」

 声は小さく、早口で、言葉少なめといったカンジだったが、彼がそうであることは十分に察せたので、私は黙って手紙を差し出した。

 彼はふんふんと中を確かめると、そうか、と一言呟いた。


「あのう、ゆきなはこれからどうなるの――?」私は尋ねたが、彼は質問に答えてはくれず、持っていたバッグをただ私の前に置いた。

「これに着替えろ。これから移動するのに、目立たない格好をするんだ」

「目立たない格好?」私は首を傾げたが、彼はそれ以上何も言わなかった。良くいえばクール、悪くいえば暗い。そんな印象だった。



 トイレに入ってバッグの中を確認した。中には二つ。黒いマウンテンパーカーと、黒いワークキャップだった。その黒に統一された衣装に、私はたけやんを思い出したりもした。


 電車に乗るのは、生まれて初めての出来事だった。景色が物凄いスピードで後ろに移動する様には驚きを覚えたが、感動とまでには至らなかった。どうやら、今の憂鬱な気分がそうさせてくれないようだ。


 どこに向かっているのか、何から逃げているのか、どうして襲われたのか、何が起きているのか。聞きたいことはいくらでもあった。が、向かいに座るこの寡黙な若い運び屋は、何を問いかけても話してはくれなかった。投げかけた質問は外の景色と一緒で、どんどん後ろに流れていくだけのようだった。



「約一時間半だ――」と、突然、目の前の運び屋は言った。「そこで降りたら、待機している同業者にお前を引き渡す。三人の運び屋で、お前をある場所にまで運ぶ。それが今回の仕事だ……」

「ある場所……?」と、私は詳しい説明を求めた。が、それ以上は何も教えてはくれなかった。

 質問を変えてみよう。

「どうして私をそこに運ぶのですか?」

「仕事だからだ」

「仕事と言いますと……?」


 男は口を閉ざした。どうやら会話はもう終わりのようだ。必要なことしか喋らない。その顔に書いてあるようだった。彼は運び屋で、私はただの依頼品なのだと。


 私はもう質問するのは諦め、シートに深くもたれ掛った。流れゆく景色を眺めながら、そっと今までのことを回想した。

 あの後、地下道に押し込まれたあの後、私はもう無我夢中で走った。でも、たけやんを見捨てて逃げることに涙は止まらなかった。怖くて寂しくてたまらなかった。


 立ち入ることを禁じられ続けていた隣町に入るときには、いやに勇気がいった。が、入ってみると変わったことなど何もなかった。いつもの町と何ら変わらない、治安も悪くない、そんな印象を受けた。

 いや、ただ一つだけ異変があった。それは、この町に入ってからずっと感じている「視線」だ。それは町に一歩踏み込んだその瞬間から、電車に乗った今もずっと続いている。何かが私を見ている。一体何なのだろう。そういえば、たけやんは別れ際に何か言っていたな。確か「お前の身にどんなことが起きるかは分からない」と。

 今まで平穏に暮らしていたのに、何で突然こんなことに……。





 ある方向から、冷たいものを感じる。

 真っ直ぐに伸びて来るそれは、微かな力で、私の体を刺している。

 ただ、物理的なものではない。確かな感触ではなく、物体に接している感覚はない。

 それでもそれは確かに存在していて、這うように私の体を移動する。

 指先から、手の甲へ。手の甲から、手首へと。それはゆっくり移動した。

 肘、腕、肩、そして首筋へと登りつめる。ぞっとした。悪寒が全身に走った。

 我慢ならず、私はついに目を見開いた。


 黒い物体が、目に飛び込んできた。


 人間ほどの大きさの、黒いもの。よく見るとそれは人間の髪の毛が大量に集まってできた塊のようであった。

 その巨大な髪の塊からは、か細い四肢がにゅっと出ている。青白い肌の手足だ。それは関節を無視して歪に折れ曲がっていて、四足歩行でやっとバランスを取っているようだった。一言で言うと、不気味であった。


 そして、それには目もあった。髪に覆われていてすぐには気付けなかったのだが、長い髪の毛の向こう、赤く光る球体が二つ見て取れた。


 私は悟った。この視線こそが、先ほどの冷たく刺すような感覚の原因であると。そしてそれは、町に入ってからずっと感じ続けている視線と同じものだ。私は終始、この視線によって体を辱められていたのだ。


 赤いそれは突然、形を歪めた。目だけでも充分にその表情が読めとれた。それはこのとき、間違いなく笑った。ニタァと、舐めるような視線を向けて来た。


 私は直後、自分の悲鳴で目を覚ました。


「どうした!?」と目の前の若い運び屋が、私の顔を不審そうにのぞき込んで来た。

 私は酷く汗をかいていた。息も乱れていた。さっきのものが夢であるとは俄かには信じられない、そんな後味が残っていた。強烈なリアリティであった。

「ハァ……ご、ごめんなさい。ただの……夢です」

「何を見た?」と、彼は凄むように問うてきた。

「え?」と、彼の予想外な食いつきに私は一瞬たじろいだ。

「夢で何を見た?」


 今まで何の興味も示してこなかった彼が初めて食いついてきたのが、夢の話。そんな重要なことではないだろうに、と不審に思いながらも、私はその詳細と町に来てから感じ続けている「視線」について彼に話した。
すると彼は「想像より随分早いな……」と、毒づいた。

 不安を覚えた私は、一体何が起きているのか説明を求めて彼を見つめた。が、やはり例の如く、彼は何も語ろうとはしなかった。運び屋は、ただ「あと三十分だから……」と、到着時刻を確認してそう言うだけだった。





 電車が突然止まった。

 駅に着いたからではない。長いトンネルの途中、突然車両の電気が全て消えたのだ。

「何!?」私は突然の暗闇に驚き、身を竦めた。パニックに陥ったのは私だけでなく、他の乗客たちも大いに騒いでいるようだった。

「ちっ! あと五分もすれば着いたものを……」と、暗闇の中で運び屋の声がした。

「一体どうなってるの?」と、私はうっすら見える目の前の影にそう尋ねた。が、やっぱり答えは返ってこなかった。

「やむを得ない。ここからは歩いて進むぞ」言い、目の前の影はガサゴソと荷物を漁り、ライトを取り出した。

 彼はライトの光を窓に向けると、「窓を割る。離れていろ」と告げ、缶のプルタブを開けるような音を二度鳴らした。その音がサプレッサー(消音器)付きの銃声だと知ったのは、ガラスの割れた窓枠から外に降りた後だった。



「どうしてワザワザ歩くの?」私は、光を照らしながら先を行く影に、質問を投げかけた。「電車がまた走り出すまで待っていればいいじゃん? 何で?」

 聞いておきながらこう言うのも何だが、正直、また無視されるだろうと思っていた。が、予想外なことにも、目の前の影は立ち止まって私の方を振り返った。

「そうだな。電車がまた走れるのなら、その選択が正解だろうな」

「ん? それって、つまり――」面倒くさい言い回しに理解が遅れつつ、私は彼の言わんとしていることを確かめる。「あの電車はもう走れないってこと? 何で?」

「普通のトラブルなら非常灯がついたはずだ。だが、さっきのはどうだ? 俺がライトを出さない限り、暗闇だったろ? 電車はただ止まったんじゃない。止められたんだ。原因もなくな!」影はそれだけ言うとまた前へと進み出した。



 電車で五分は、歩いて何分に相当するのだろう? 私たちは随分長く歩いているが、景色はトンネルのままで、一向に出口の明かりは見えてこなかった。


 気が狂いそうだ。その理由としては、暗闇という効果が一役を担っているのは確かだ。しかし、それ以上の理由がもう一つ、私にはあった。


「ねえ、運び屋さん――」私はたまらず、声を出した。「あのね、さっきから、そのぉ……すぐ近くから気配がするの。それも凄く大きな――」

 そうだ、背後の暗闇から、異常な気配を感じていたのだ。

 しかし運び屋は一切構うことなく、すたすたと前へ進み続ける。

「ちょっと! ねえってば!」私は怖くなり、駆け寄った。どういった対処も取ってもらえないなら、せめて二人で歩きたい。一人では絶対に嫌だと、前を進む影との距離を縮めた。しかし、すぐ異変に気付いた。

「運び屋さん……どうしたの?」


 彼は異常なほどの汗をかいていた。その表情は強張っており、怯えているようにも見えた。

「距離にして、あと八百メートルだ……」運び屋は不意に言った。「あと八百メートルも進めば駅に着くはずだ。そこで、次の運び屋が待ってるんだ……」

 それは、彼が私に段取りを教えてくれているようにも聞こえたし、彼がゴールはもうすぐだと自分に言い聞かせているようにも聞こえた。

「なあ――」運び屋がこちらを見た。「感じる視線は、今も強くなってきているのか?」

「うん」私は頷いた。

「今は、どういう感じなんだ……?」

 私は少し考えを巡らせる。今の感覚を表す言葉を探した。

「何と言うか……その。視線の主が、凄く大きくなっているみたいなの……。夢であれを見たときは、人と同じ大きさだったの。でも、今はそれが何倍にもなっている。トンネル内の闇全てがそれみたいな。ただの闇じゃない、夜の海に突き落とされたような感じです」

「……そうか」と、運び屋は無表情なままで言った。それは冷静というよりも、諦めたというか、覚悟を決めたというか、そういう落ち着き方をしているようだ。

「ねえ、教えて! 一体、あれは何なの? 何で、ゆきなのことを見てるの? ねえ、どうしてなの?」
私は必死に疑問を訴えた。が、彼は求めていることとは全く違うことを言ってきた。

「ライトはおまえが持て。俺が後ろを歩く……」彼は急に後ろを警戒して歩き始めた。「もし俺に何かがあっても、お前は構わず進むんだ。走るんだぞ! いいな!」

「縁起でもないこと言わないで下さい! もし何かが……って、一体何があるって言うんですか?」


 運び屋はもう何も答えなかった。代わりに黙々と歩き続けた。そして――。



「あと、三百メートルほどだ!」と久しぶりに彼が言葉を発したときだった。続いて私がその声に振り返り、あと僅かですね、と彼に安堵の言葉をもらそうとした丁度そのときだった。


 運び屋の背後に、二つの赤い目があった。その赤い目は、じっと私の方を見ていた。


「どうした?」と、運び屋は固まる私に尋ねて来た。その直後だった。赤い目の見つめる先、私の持っていたライトが突然光を失ったのだ。

「どうした?」と、彼が言った直後、「うわああー!」と悲鳴が上がった。

「は、運び屋さん!?」ライトは点かず、真っ暗で何も見えない。

「は、走れっー!」


 私はたまらず駆け出した。走った。走った。ひたすら走った。でないと恐怖に押しつぶされそうだった。背後からはプルタブの音が二度、三度した。が、続いて聞こえて来たのは運び屋の悲痛な叫び声だった。


 恐怖が限界に達した。息の仕方も、足の動かし方も忘れてしまったように、ただもがくように逃げる。得体の知れないものに命を握られ、暗いトンネルを文字通り闇雲に走らされているのだ。当然、私は足元の注意もままならず躓き、転んでしまう。そして一度倒れたが最後、腰が抜けてもう立ち上がることもできなくなってしまった。


「ひいっ……!」暗闇に怯えて縮こまる、弱い存在だった、私は。


 暗闇の中からは、ずるずると、何かが這うような音がする。それはだんだん大きくなる。


 そっと、顔を上げてみる。すると、赤い目玉が、さっきよりも近い場所にあった。目玉は、私の全身を舐めまわすように見つめ、徐々に、徐々に、近付いてくる。


「い、い……いや!」声もまともに出なかった。恐怖で体が動かない。しかし、赤い目は容赦なく私に迫りくる。大きな目に見つめられ、今にも発狂してしまいそうな。そんなときだった。


 黒い影が、私と赤い目の間に立ち塞がった。


「逃げるんだ……!」影がそう言い、途端に私は抱き上げられた。そして、私を抱えたその若くも勇敢な運び屋はそのまま走り出した。

 最後に、血走った二つの眼が悔しそうにこちらを睨んでいるのが見え、私の意識はそこで途切れた――。





 私は、何もない場所を走っていた。

 そこでは、どんなに走っても、どんなに激しく足を動かしても、景色は全く後ろに流れなかった。

 背後からは気配、鋭い視線、這いずる音。前に進めない自分とは裏腹に、それらは刻一刻と迫りくる。


――どうして前に進まないんだ――。そんな焦りがさらに呼吸を荒くする。前に出した脚は地面を捉えられないまま空を切り、力むばかりで空回りしている。次第に手足には乳酸が溜まって感覚がなくなり、動かすことも困難となる。

 まるで、深い水の中で足掻くようだった。ここは人間のテリトリーではない。はじめから自由などないのだ。

 そして、ついに、背後の何かに追い付かれる。青白い手が、私の首を掴もうとした――。



 目が覚めた。まばゆい光が目に入ってきた。いつの間にか、外に出ていたようだ。


 辿りついたのは、山の中の古いプラットホームだった。人気はまったくなく、酷くもの寂しい印象を受けた。

 視界の高さがいつもよりも高い。私はあれからずっと、この寡黙な運び屋によって担がれたままだった。


「もう歩けますから……!」と、私は自分を抱えて歩く若い運び屋に訴えた。

 彼は酷い息遣いで、目もまともに焦点が合っていない。執念だけで歩いているというような、そんな様子だった。

 しかし、気力の限界は不意に訪れた。前に踏み出した脚がガタガタ震えて膝をつき、そのまま前に倒れ込んだのだ。


「きゃっ!」放り出された私は砂利の上に転がった。「だ、大丈夫ですか!?」と、倒れた運び屋に目を向ける。が――。
運び屋は、もうぴくりとも動かなかった。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」私は繰り返した。「ゆきなのせいで――」

 私は、彼の名前すらまともに聞いてなかったことを今になって気付き、随分やるせない気持ちになった。自分のせいで傷つく人を、助けることも止めることもできない。自分は一体何なのかと絶望したくなった。



「彼はね、自分の仕事を全うしたのよ。だから悔いなんてきっとないわ――」と、突然、背後で声がした。


 私が驚き振り返ると、真っ赤なレザースーツに身を包んだ三十路のおばさんがいた。

「あ、あなたは?」私は問いかける。

「彼からあなたを引き継ぐ、二人目の運び屋よ!」とその人は答えた。


 その女運び屋は大きなバイクに乗っていた。ヘルメットは二つ持っていて、片方を私に手渡してきた。


「さあ、これ以上ここに留まっている訳にもいかない。先を急ぐわよ!」

「で、でも……」私は言い、力尽き倒れた寡黙な運び屋の方を見た。「この人を置いて行くわけには……」

「ジンはもう死んでいる。さっきも言ったでしょう? 彼は仕事のために死んだの。だからこそ、この仕事をやり遂げなければ彼は報われない」

「ジン……? この人の名前ですか?」

「ええ、そうよ。彼の名前はジン」

「わかりました……。そのお名前を、私は一生忘れません」


 私は彼の遺体に深く頭を下げた。その名前を絶対に忘れまいと心に刻んだ。自分を救ってくれた、その若き運び屋の名を。

運び屋と呪われた依頼品④

 電車の次はバイク。二人目の運び屋によって、私は寂れた山道を運ばれていた。

 カーブの多い急勾配。進む度に、だんだん少なくなってくる民家、だんだん細くなってくる道路。

 一体、どこへ運ばれているのだろう。そもそもあれは何で、何故私を追いかけるのか。疑問だらけ。何一つ分からない。私はもう限界だった。


「ねえ、おば……お姉さん――」と、私はしがみついているレザースーツの背中に語りかけた。

「ヒロコちゃんって呼んで」と、目の前の女ライダーは前を見続けたまま言った。「で、それより、さっき渡した人型の護符は絶対に手放しちゃダメよ」

「はい、ちゃんと持ってます」言いながら、私は手の中のそれを再度確認した。


 バイクを走らせる前、女運び屋改めヒロコちゃんは私に和紙でできた人型を手渡してきた。彼女はそれに私の髪の毛を一本貼り付け、何やらまじないをしていた。


「そう、ならいいの。それがあなたの身代わりになってくれるからね」と、ヒロコちゃんは意味深なことを言った。

「あのう、ヒロコさん――」私は問いかけてみることにした。「どうしてゆきなは運ばれているんですか?」

「ん? これが私の仕事だから」とヒロコちゃんはあっけらかんとして言った。

「いえ、そういう意味でなくて――」

「ああね、だって、あんたあれでしょ? あの家の子供だったんでしょ?」

「あの家の子……? ごめんなさい、ゆきなは捨て子だったのをたけやんに拾われて……だから、産みの親とかは知らなくて――」

「ああ、そうだったわね。まあ、もともとこれは、タケさんの仕事だったし、私は彼から聞いた程度でしか知らないんだけどね――」

「た、たけやんの仕事? 何を知ってるんですか? 教えてください」

「ええ、いいわ。教えてあげる」ヒロコちゃんは言って、コホンと咳払いしてから続けた。

「タケさんが隣町って言ってるこの町にはね、ちょっと悪どい資産家がいたの。お金は持ってたんだけど、人から恨みも大分買ってるような人でね。で、そいつを恨む人の中には呪術に詳しい人も居たの。で、その人はあるとき、憎き資産家に呪いをかけたの――」


 私はごくりと唾を飲み込んだ。


「その呪いはね、命をも脅かすほど強力な怨念の塊によって資産家を追い詰めるものだったの。逃れるには、財産を全て捨ててこの町を去る以外にはなかった……。でもね、その資産家はしぶとかった。呪術には呪術で対抗することによって、他の逃げ道を見出したの」

「他の……逃げ道?」

「ええ……。その頃、資産家の妻は子をはらんでいてね。資産家はその子供に目をつけたの。呪術を用いて、災いの全てを子に背負わせようと目論んだの。つまり、呪いの対象を自分たちからその子に移すことをね……!」

「まさか……それって……」話の本筋が見えて来た気がした。

「身代わりのまじないを成功させるには、必要なものがいくつかあるの。簡易的なものには髪の毛や爪とか、自分の体の一部を用いたものが多い――」


 私はそれを聞き、さっきいただいたこの人型もその一つなのだと思った。私の髪の毛を使ったこの人型は、どうやら簡易的な身代わり呪術のようだ。


「でも、血を使ったものはもっと強力なの。そう、だから、自分の血を分けた子を使ったものとなれば、それはかなり高度な身代わりになり得たの……」

「でも、それじゃあ、その子供は……?」

「――ええ。心中、お察しするわ……」



 これは私にとってかなり大きなショックだった。自分を捨てた産みの親は、どうやら想像していた以上に酷い人間だったようだ。


「……でも、それなら何で私はずっと無事だったの?」と、素朴な疑問が口をついて出た。

「さっきも言ったわよね。呪いから逃れるには『財産を全て捨ててこの町を去る』方法があるって。あなたはずっと川を隔ててあちら側に居たから、災いが降りかかっていなかったの」


 なるほどな、と私は納得した。だから、たけやんは隣町に行くなと厳しく言ってきていたのだ。いや、ちょっと待てよ……。


「でも、それじゃあ、何で私は、この町に戻る必要があったの? 河の向こうに居たら、呪いは無効化できていたんでしょ? どうして?」


 しかし、ヒロコさんはそこで黙り込んでしまった。もちろん私は納得できず、さらに疑問を投げかける。


「そ、それに、たけやんの仕事だったって、どういうこと? それって、もしかして……」嫌な想像が、脳裏を過る。「もしかして、私は拾われたんじゃなく、運び屋の仕事として預かられていただけなの……?」


 ヒロコさんはこれについて、何も答えようとはしてくれなかった。それどころか、全く別の話をし始めた。


「血を用いた身代わり術と言ってもね、完璧ではないの。その身代わりが先に朽ちたなら、その矛先は今度こそ本人に向くわ。だからあなたも単純に死なせてはもらえなかったの。……でも、噂によると、身代りで呪いを完全に相殺する儀式もあるんだとか――」

「と、いうことは……その……。たけやんの仕事っていうのは、ゆきなをその儀式の場所へ運ぶこと、だったの?」

 自分で言いながら、私は身を引き裂かれるような想いだった。長年信じ続けていた彼との関係が、もしかしたら偽りだったのかもしれないのだから。


「――さあ、私には分からない。彼が請け負った仕事と、今の仕事とは違うから。ただ、タケさんが依頼されたのは間違いなくその資産家だろうけど、私に依頼をしたのはタケさん。――もっとも、この場合、彼が完遂できなかった依頼を私たちに託したというふうに捉えるのが自然だろうけれど……」


 それではほとんど私の読み通りではないか。


 私の目からはとめどなく涙が溢れていた。何を信じればいいのか、もう分からなくなっていた。私は、本当の一人ぼっちになってしまったんだ。

「……本当に、何も聞かされていなかったんだね――」ヒロコさんは私のおえつを聞いてか、そう言った。

「はい……」そう返事した私の声が震えていた。「たけやんは自分が運び屋だってこともずっと隠していたし、さっきのジンさんも何も喋ってくれなかったから――」

「まあ、運び屋としては、無闇に仕事内容を話すのはルール違反だからね……。仕方ない部分もあるとは思うよ……」

「ヒロコさんは、優しいんですね……」

「え、私が優しい?」

「……ええ、だってルール違反になるのに、ゆきなに教えてくれたじゃないですか」


「ふふ、ルールねえ」と、ヒロコさんは笑いながら言う。「いい? ルールってのは網タイツと一緒なの」

「え、網タイツと?」その奇妙な発言に私は何だこの人は、と思った。「どういうことですか?」


「つまり、どちらも破られるためにあるの」

「ああ……そういう趣味」私は若干、引いた。

「あなたもオトナの女になったら、いつか分かるかもね」


 そう言ったヒロコさんの声は妖艶だった。分かりたくはないが、私もこんな強い女にはなりたい。そう思い、彼女のその変な性癖も理解しようと頑張ることにした。





 夕暮れ時の山の眺めというのは、素晴らしいものがあった。

「綺麗ですね、ヒロコさん」

「ありがとう」

「ん? いや、ヒロコさんのことじゃなくて! いや、ヒロコさんもなんだけど……何て言うか、その……」

「分かってるわよ」ヒロコさんの声は笑っていた。「景色のことでしょ?」

「はい」

「――でも、これはあまり良い状況ではない……」

「え? どうしてですか?」と、私は尋ねる。

「奴は、暗闇に潜むから……」


 その言葉で私はあれを思い出し、身の毛がよだった。


「聞いた話によると、あれは闇や夢の中から襲ってくるんでしょ? でも、この調子だと、次の運び屋のポイントに着けるのは日暮れ頃だわ……」


 嫌な沈黙がうまれ、また鬱な気持ちになった。せっかくヒロコさんに会え、意気投合できる相手ができたと思っていたのに。突然、現実に引き戻されてしまった。

「大丈夫――」私の震えに気付いてか、ヒロコさんは言った。「私が何としても守り抜くから」


 頼もしくて、優しいその言葉に、私は泣きたくなり、彼女の背中をさらにぎゅっと抱きしめた。
冬のこの季節は、日が落ちるのが本当に早かった。夕暮れはあっという間に終わり、辺りは薄暗くなっていた。


「寒くない?」

「大丈夫です」言い、私は彼女の背中のぬくもりを感じていた。


 進めば進むほど、視界は闇に覆われて行く。心細くなればなるほど、私は彼女の背中にしがみついていた。


「今は何も感じない? ほら、視線とかは――」言ったヒロコさんの声は震えていた。流石に緊張してきたようだ。

「はい、今は不思議と何も感じません……」

「そう? ならいいのよ……」


 本当に良いのだろうか? 私にはかえってこの静けさが怖くも感じる……。そんなときだった。


「うっ!」突如凄まじい寒気が全身を突きぬけた。突然のことで、私は何が起きたのか把握できない。

「どうしたの?」

「何か、急に寒気が……」

「ええ!?」ヒロコさんは心配して、こちらを振り返った。

「ヒロコさん目の前!」


 そのとき私の目に映ったもの。それは、進行方向の道路にうずくまる何かだった。


「キャッーーー……!」


 バイクはそれに真っ直ぐ突っ込んだ。寸前になり、私はそれが何か分かった。黒い髪の塊、青白い手足、そして赤い目……奴だった。


 ぶつかった衝撃はほとんどなかった。髪の塊には大した重量もなく、むしろ、バイクは奴の身体を真っ二つに引き裂き、進み続けた。


「え、今の?」と、ヒロコさんは状況を把握できていないふうだ。

「や、やった……!」と、淡い期待が私の頭を過った。


 瞬時に振り返る。敵の様子をうかがう。さっきそれが居た場所には、無数の髪の毛が散っていた。本当にやっつけてしまったのか? と、思った直後だった。


 ずるずると、それらは中央に集まり出し、元の形に再生していった。髪の毛が合わさり出し、みるみる人の形を形成していく。

「ダメみたい……!」


 その魔物は私たちへの追跡を開始した。その歪な手足で、道路を這って追い掛けてくる。捻じれた左手は甲の部分で地面をとらえ、バタ足のように動かす右足は空を蹴るばかり、左足は引きずるだけ。問題なく機能しているのは右腕一本のようだ。所詮、折れ曲った手足での四足歩行。その様子は痛々しくおぞましいが、速度的にはたいしたことはない。


「いや、大丈夫! あんなのがバイクのスピードに追い付く訳がないよ」

 私のその言葉の通り、魔物の姿は視界の隅へと小さく消えていった。このまま振り切れる。私はそう信じ、微塵も疑わなかった。しかし、甘かった……。


 ドドド…ド…ド……ド…………と、突然、バイクのスピードが落ち始めた。


「ど、どうしたんですか?」私は前に向き直った。

「何でよ、何でなのよ……!」ヒロコさんは取り乱していた。「どうしてよ? こんな髪の毛が、何で、どうして――!」

 見ると、バイクの前輪には無数の髪の毛が絡み付いていた。奴を引き裂いた際に付いたそれらにはまるで意思があるようで、バイクをとらえて放さない。


 ヒロコさんは必死でそれらを掴んでは引き剥がし、掴んでは引き剥がしを繰り返す。が、焼け石に水状態で、背後の魔物の影は徐々に追い付いてくるようだった。


「ヒ、ヒロコさん、追いつかれます!」

「分かってるわよ、分かってるわよ! だから今、このバイクを走らせようと、やっているんでしょう!?」

 冷静さを失ったヒロコさんが、叫んでは、髪の束を両手に掴んで投げ捨てる。ヒロコさんは明らかに取り乱していた。だが、それも当然だ。たとえそれが誰であろうと、こんな状況に立たされてしまっては普通でいられるはずがない。

 私は泣きながらもう一度後ろを振り返った。さっきまで消えかけていた追跡者の影は、もう随分近くに来ていた。

 こちらが動けなくなっていることに気付いてか、背後のそれは顔を出してにんまりと微笑んだ。いや、微笑んだと言っても、やつの顔にはパーツがない。髪の塊が形成する顔面には、赤い目玉があるだけだ。


 奴はその赤い目を細く歪ませ、カタカタと顔を揺らす。狂ったように手足を動かす。その度に折れ曲った手足はさらに変形していく。しかし、魔物はそれを全く辞さない様子。たとえ己の四肢がもぎ取れようとも、追い続けて来るのだろう。



――不意に、私は、最後に見た夢を思い出した。あの夢の中で、私は、逃げようと懸命に足を動かすのだが、まったく前に進めず、やがて……。


「ヒロコさん早く、早く!」

「もうちょっと、もうちょっとだから……!」ヒロコさんは自分をなだめるようにそう繰り返した。懸命にバイクから髪を引きはがす。そして、次第にバイクは前に進むようになってきた。速度はないが、何とか前に走り出した。


 私はまた後ろを振り返った。……しかし、若干の差で、相手の方がまだ速かった。どうやら振り切ることはできそうになく、距離はまだまだ縮まって行く。本来ならば簡単に振り切れる速度なだけに、余計に焦ってしまう。


 しかし相手はそれを楽しんでいるようだった。怯える私たちを焦らし、弄んでいるのだ。


「もう、ここまでね……」突然、ヒロコさんがそんなことを言った。

「え?」嫌な予感がした。

「このままでは追い付かれるわ。……身代わりの護符を、私に貸してちょうだい」

「ヒロコさん?」

「いい? これから私はバイクを停めるわ。そしたらあなたは息を止めて、バイクから降りて。奴は私が引き離す。姿が見えなくなるまで、絶対息を吸ってはダメよ。身代わりの護符とはいえ、あなたの気配が消えていなければ、効果がないの……」

「で、でも、そうしたらヒロコさんは……?」

「私なら大丈夫。ギリギリまで引き付けて危なくなったら護符を捨てて逃げるから。それよりごめんね……この先はあなた一人に行ってもらうことになる――。でも、こうするしか他に道はないと思う」


 私は正直イヤだと思った。一人になるなんて耐えられない。行かないで、と言いたかった。だが、彼女はそんな私を振り払うかのように、即座に行動に移った。


 キキィー! と音を立て、バイクは停まった。そして、彼女は私の手から護符を掴み取った。私は諦め、息を止めてバイクを降りた。


「じゃあ、いくね……」ヒロコさんは一言そう残し、バイクをUターンさせた。

 エンジンを轟々とふかし、彼女は危険を顧みず、山道を逆落としに駆けた。私の体重分軽くなったのと、下り坂になったということからか、スピードも少しは良くなったようだ。彼女のバイクは衝突の寸前で魔物を回避し、その横を通過した。
奴は慌てて方向転換をし、私の身代わりを持つヒロコさんのあとを追いかけた。恐ろしい呪いの矛先が、私から彼女の身へと変わったのだ。


 涙が止まらなかった。何度も何度も祈った。ヒロコさん、どうか死なないで――と。

 二つの影はやがて小さくなり、ついには消えた。

運び屋と呪われた依頼品⑤

 一歩、また一歩、もう一歩……。

 雪の積もる山道を歩きながら、私は考え事をしていた。

(私のせいで、皆死んでしまうんだ……)

 一人で歩む夜は、とても寒くて心細い。つい、後ろ向きなことを考えてしまう。いや、確かに後ろ向きではあるが、事実なのは確かだ。


 この短期間のうちに、人の死ぬ所を余りに多く見過ぎてしまった。いや、直接見たのはジン一人だけだが、ヒロコさんも、そしてたけやんも、きっと私のために死んでしまったんだ。呪われた私のせいで巻き込んでしまったんだ。

 不意に思う。この道は、一体何に向かって続いているのだろう。私はどこへ行こうとしているのだろう。ヒロコさんとの問答の中でも結局それは分からずじまいであった。彼女が教えてくれたのは、この先に三人目の運び屋がいるということ。恐らく、彼女もそこまで私を運ぶという自分の仕事以外は、何も知らされていないのだろう。


 たけやんの受けたとされる依頼の内容を思い出してみる。私が捨て子として拾われたのではなく、依頼の品としてどこかへ届けるべく預かられた存在であると証拠づける事実だ。


 それと今回の依頼は別だと、ヒロコさんは言ってはいた。が、たけやんは仕事で失敗したのがばれ、何者かに襲われた。となると、最期にやり残した仕事を他の運び屋に託したと考えるのが普通か。



――となると、やはり、最終的に運ばれるのは親が望む「呪い相殺の儀式の場」なのだろうか。自分は、顔も知らない親の呪いのために死にに行こうとしているのか。それでは一体、私の人生とは何なのだ。いや、それでもいいかなと今では思う。


「私が生きていたら、きっと多くの人に不幸を招いてしまう……」


 そうまでして生きていたいとは思わない。いや、何より私は、もう疲れてしまったのだ。だって、たとえ生きていても、私はもう一人ぼっち。生きたいと思える訳がない。


 天国で会ったら、たけやんには何を聞こうか。謎や疑問に思うことは沢山あるというのに、どれも怖くて聞けない気がする……。そもそも呪い殺された私の魂は果たして天国へ行けるのだろうか。死んでも一人ぼっちなんて、流石に辛過ぎる……。



 ヒロコさんと別れてから、もう随分歩いた。寒い。そろそろ体力も限界が近づいてきた。意識も朦朧とし、視界も霞む。ついに私は、足を止め、膝をつき、その場にへたり込んでしまった。


 このまま死んでしまえばいい。そうだ、別に親の呪いで死ぬ必要なんてない。儀式で死ななければ、呪いは親へと返るはず。良い気味じゃないか。


「誕生日……」ある言葉が突然脳裏に浮かんだ。「そういえば、誕生日おめでとうって、言ってくれたな……」


 あの言葉は、あのおめでとうは、本当にそう思って言ってくれたの? 天国で会えたらそう聞こう。私は思い、目を閉じた。丁度そのときだった。聞き覚えのある声がした。


「ワシより先に死ぬなんぞ、百年早いわ」と。





 消えかかる意識の中で、私はその声を聞いた。

 懐かしい声、回りくどい言い回し、忘れもしないその人の言葉だ。


「た、たけやん? な、何でここに?」私は顔を上げた。目の前には夜に溶け込む黒い影。見紛うことなきたけやんだ。しかし、何故? もしかしてここは天国か。

「何でって、ほら、三人目の運び屋だし」と、たけやんは私を抱き起こしながら言った。「それより、ほら。あったかい午後ティー」

「あ、ありがとう」と私はついそれを受け取った。「いや、そうじゃなくて、その、何で? 無事だったの?」

「ああ――」たけやんは顔をくしゃっとさせて言った。「ワシはしぶといからな」


 いまいち状況が理解できていない私に、たけやんは次のように説明をしてくれた。


「この国の道路上で一番早い乗り物って何か知ってるか? 答えは救急車だ。スピードはともかく、赤信号は無視し放題、車は抜き放題だからな。ワシはあの襲撃を受けながらも、救急車を呼んで隣町まで運んでもらったんだ」

 たけやんは歩きながら話を続けた。私も歩きながらそれを聞いた。

「二番目に早い乗り物って何か知ってるか? 答えは原付だ。これも渋滞はスイスイ抜き放題、信号では降りて歩行者になって渡れば問題なし。ワシは病院に着いたあと、盗んだバイクで走り出した。俗に言う、十五の夜ってやつだ」

「十五の夜なのは、ゆきなだけどね」

「まあ、つまりはそんなふうにして、お先にここまで来たってワケだ」言いながら、たけやんは道の脇に指をさした。そこには確かに一台の原付があった。

「それより、ここまで、よく辿り着いてくれたな――」

「……うん。でも――」私は二人の顔を思い浮かべる。「ジンさんもヒロコさんも、ゆきなを庇って犠牲になってしまったの」

「あれの視線は、今も感じるのか?」

「うーうん、今は感じないけど……」

「だったらそれがヒロコの生きている証だ。あいつはまだ上手く逃げてるよ」

 それを聞き、胸が少し軽くなった。よかった、心の底から思った。

「ありがとう……」

「なーに、あいつもそれが仕事だからな。それより、ここからが本番だ」

 私たちの目の前には、長い石の階段が現れていた。

「これを上った先に、目的地がある」たけやんは言い、石段に足を進めた。私も、黙ってそれに続いた。


 そうだ。そうなのだ。三人目の運び屋がたけやんと言うことは、もう決まりではないか。私の運ばれる理由は、私の運ばれる先は、親の依頼した場所なんだ。たけやんは仲間に仕事を託したのではなく、ただ協力を求めただけだったんだ。

「どうした? 暗い顔して?」と、たけやんは私に言ってきた。

「ううん……別に」

「そうか……」

「うん」

「ヒロコたちから何か聞いたか?」

「……うん」

「……そうか」



 気まずい空気が流れた。これ以上は言葉を交わすこともなく、二人は黙って階段をのぼっていく。そして中間地点に辿り着いた頃だった。たけやんはまた、話し始めた。


「仕事でヘマしたって話、したよな?」

「うん」私は曖昧に頷いた。もう、何もかもどうでも良いというふうに。

「このワシにもな、どうしてもできない依頼が一つだけあったんだ……」言い、たけやんは顔をこちらに向けてきた。「それが、ゆきな、お前なんだ……!」

「え?」私は首を傾げた。「どういうこと?」


「薬物だろうが、銃だろうが、死体だろうが。ワシはこれまで何でも運んできた。恥じることなく、誇ることもなく、ただ仕事だからとやってきた。そんなあるときだ。ある依頼書を受け取ったワシはなあ、同封されていたキーを持って、隣町の駅にまで行ったんだ。キーに書かれた番号のロッカーを探し、開けた。出てきたのは黒いバッグ。別にここまではいつも通りだった……」


 そう語るたけやんの声は震えていた。


「手に持った瞬間、違和感を覚えた。バッグの大きさからして銃の類かとそう思っていたんだ。でも、手にしたそれは、明らかに今まで運んできたものではなかった」


 そう言うたけやんの表情が、少し柔らかくなっていた。


「違和感が衝撃に変わったのはな、それが動いたときだった。バッグの中でそれは、突然動いたんだ……! 驚いたワシはな、つい、中を見てしまった。タブーを破ってしまったんだ」

「もしかして、それが……?」


「ああ。この世のものとは思えないほどの、可愛らしい、赤ん坊だった……」聞き、私は息をのんだ。「そう、ゆきな。お前だ――」


 たけやんはそこまで言うと大きく息継ぎをし、また続けた。


「ワシは依頼のことなんか忘れた。気が付いたらあのプレハブ小屋にお前を連れて帰っていたんだ。ワシが依頼を放棄したのは、あれが最初で最後だった……。それほどにお前の存在は、ワシにとって特別なんだ」


 私の目からは、また涙が流れていた。今日は泣いてばかりだ。


「とはいえ、流石にな、何もしないままばっくれる訳にもいかなくてな。その後、ワシはお前と依頼主の親について調べ回ったんだ……。それで色々分かったんだ」

「私は、呪いの身代わりにされようとしていたんでしょ……?」

「聞いていたのか? ああ、そうだ……。酷い親だよな、まったく。で、だ。ワシは色々と工作してだな、依頼を完遂させたとウソの報告をでっち上げたんだ。別に、金を盗み取りしたかったワケじゃない。お前を平穏無事に暮らさせるためだ……」
「っていうことは……たけやんが私を拾ったのは?」

「ああ、運びのためじゃなく、育てるためだ」



 この言葉が、聞きたかった……。私の涙腺は崩壊し、気付いたらたけやんの胸に飛び込んでいた。が、「でも、ダメだった」と、突然、たけやんは声のトーンを曇らせて言った。


「え?」


「ワシが出掛ける前にした会話を覚えてるか? あのときお前はコインロッカーの小銭拾いを立派な仕事だとか言ったな。あの瞬間、思ったんだ。ワシじゃあ、お前にちゃんとした生き方は教えられない、と。お前の親は務まらないって、な」

「そんなこと」ないよ、と言おうとした。が、たけやんは私が言うのを遮るようにさらに続けた。

「それで、ワシはな。お前の実の親に、会いに行ったんだ。お前の幸せのためには、やはり実の親しかいないと、そう思ったんだ。だが、行ってから気づいた。ワシはどうかしていた。腐っても実の親と思っていたが、腐った親は親じゃなかった……」

 たけやんは辛そうな顔で言った。

「かつての依頼主に初めて会って、ワシは全てを話した。ヘマをやらかした仕事を自分から明かしたんだ。お前を儀式の場に運ばなかったこと、その後の十五年間ずっとお前をかくまっていたこと、そして、娘であるお前を、親として受け入れてほしいこと……。
でも、ダメだった。河を渡ってしまえば呪いからは逃れられるからと言ったんだが、そいつは聞かなかった。それどころか、今度こそお前を儀式に送り出そうと……」

「じゃ、じゃあ、今向かっている場所は……?」

「安心しろ……もうワシに迷いはない。ワシがお前を救ってやる」

 そうたけやんが言い終わったとき、私たちは階段を登り切っていた。目の前に現れたのは、立派な寺院であった。

「ここはな――」と、たけやんが説明を始めた。「そもそもの始まりの場所、つまり、お前の親に呪いをかけた張本人が住んでいる場所だ」


 そう言ってたけやんはずかずかと奥へと進んだ。私はここでやっと、たけやんの真の目的について知らされた。彼は私に、力強い口調でこう言ってくれたのだ。


「呪術者に言って、呪いを解いてもらうんだ。それで初めてお前は自由になれる……!」

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